41-2.慈眼寺   京都府北桑田郡京北町周山

 京都から国道162号を行くと、紅葉で有名な高雄を経て丹波高原の周山に至る。 天正3年(1575)から始まった光秀の丹波攻略は、他の戦地への応援などで度々中断しながら、天正7年7月この地宇津城を攻めて落城させた。この地には天皇の御料所である山国荘があり、宇津氏に横領されていた土地を回復したことから、光秀は正親町天皇から馬・鎧を賜っている。ここには、光秀が築いたとされる山岳城郭の周山城址があり、石垣や井戸などの遺構を残している。
 その周山城址の麓に慈眼寺があり、光秀の善政を受けた地元民が、光秀没後世をはばかって墨を塗ってひそかに祀ったという光秀の木像を所蔵している。
 また、「周山」という地名は、光秀が中国の「周」の武王が善政を布いたという故事から名付け天下を狙う意思があったとの説や、慈眼大師天海大僧正と慈眼寺を結び付け、光秀天海同一人説もこの地周山を根拠のひとつにしている。



周山城址の麓にある
慈眼寺
光秀を供養する
小さな祠